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宝塚、「好きの序列」 その1

  • CATEGORY宝塚歌劇
  • PUBLISHED ON2005/ 06/ 13/ 17:51
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宝塚ファン…というか宝塚スターのファンにも様々なタイプがいると思う。

宝塚全体が好きで、特にご贔屓を持たないタイプ。
宝塚というよりも、特定のスターのみが好きで、そのスターの退団と共に宝塚から離れてしまうタイプ。
大勢のご贔屓スターがいて、誰が一番か決められないタイプ。

などなどだと思うのが、私がまわりを見渡したところ、もっとも多いのが
宝塚全体を愛しつつも、ある特定のスターにお熱をあげているタイプであろう(含・自分、笑)

まあ、その中にも「タニマチタイプ」やら「親心タイプ」、「恋の奴隷タイプ」
「○○様至上主義」「○○様教」などに分けられると思うのだが
(これも、また考えてみたら面白いかも…)
まあ、ひとりのスターを熱烈に愛することに於いては同じかと思う。

でも、その「好き」な度合いも人様々で、どの程度好きなのかは、なかなか分からない。
もちろん、他人から見た目と、本人の認識にズレがあることもあると思うが。

というわけで、前置きが長くなったが、私の「好きの序列」を書いてみたいと思う。
(『うさぎのあな』を読んでいる方には重複しますが、お許しを…)

まず、私が一番好きな人(★★★★★)遍歴。

◆安奈淳(元花組トップ・OG) → 轟悠(専科) → 音月桂(雪組)

こんな具合である。
安奈淳は、初めて私が好きになった宝塚スター。
毎回書くが30年以上前、初演の『ベルばら』のオスカルでファンになった。

この時のはまり具合は相当のもので、当時高校生で下宿暮らしをしていたのだが、
日曜日発売のチケットを買うために、
土曜日に学校を休んで日比谷に並びに行ったほど(苦笑)
もちろん、妙齢の乙女たちを徹夜させるわけにもいかず、劇場側は整理券を配って
翌日また整理券の順番どおりに再度並ばせたのだけれど…。

とにかく、安奈淳と名のつくものは何でも欲しかった。
劇場地下の友の会で売っていたビニールバックももちろん花組!
「安奈淳の世界」「アルバム安奈淳」など、
レコードや写真集もたくさん持っていたっけ。
お小遣いがなくて、なかなか買えなかったけれど…(苦笑)

観劇も、いつも東宝劇場の3階のC席か、立見席。
でも、仲良くなったオトミさんファンのお金持ちのおばさまが、
貧乏学生の私を気の毒がって当時一番高かったA席(確か2200円位)を、
譲ってくださったこともあった。いい時代だったなあ…(遠い目)

ただ、親元離れての下宿暮らし。
仕送りは少ないし、日々の生活に追われ(主婦みたい・笑)
なかなか、思うようにファン生活を満喫できなかった。

そうこうするうちに、彼女は『風と共に去りぬ』のスカーレットであっさり退団…。
その時は、結構うわさもあったし、覚悟していたのでショックは受けなかったが、
その後の喪失感は大きかった。

それを埋めてくれたのが、麻実れいだった…。
が、それは置いておく(笑)


で、次に、嵌ったのが轟悠。
いったいどうして嵌ったのかは、「轟悠アーカイヴス」の方を読んで頂くとして、
ここで、私は、人生最大の冒険に出た。(オーバーな)

なんと、本拠地・宝塚大劇場まで行ってしまったのである。
FCにも入った。ガードに入って、立ったりしゃがんだりもした。

この「ガード」が出来るかどうかは、その人のファン度をはかる踏絵とも言えよう。
お揃いのウエアを着てのおしゃがみ&お手紙渡し…、
あんな恥ずかしいこと、相当そのスターが好きじゃないと出来ないものだ。
「あれだけは、自分のプライドが許さない」という友人もいるほどだ(笑)

で、私もあれだけはみっともなくて嫌だ…と思っていたはずだったのだが、
気づいたら、しゃがんでいた…(爆)
というか、嬉々として参加していたような気がする。
だって、間近でとどちゃんを見られる上に、運がよければお手紙渡しの栄誉(?)も…。
(注・今は不明だが、当時東京では、お手紙は纏めてファン代表が渡していた)

もちろんお茶会にもDSにも行ったし、
インターネットをやるようになってからは、ファンサイトにも参加。
掲示板やオフ会などで、気の合う友人もできた。

とどちゃんが専科に入る…という噂は、ずいぶん前から出ていたが、
私は信じていなかった。
美意識の高い彼女の性格を考えれば、美しくそして潔く散る方を選ぶに違いない…、
そう勝手に思っていたのだった。
それが、まさかの専科入り…。ショックだった。

サヨナラ公演で白いおそろいの会服を着て、千秋楽では思い切り盛り上がって泣いて、
OGになってからも、ずっと見守って行きたいなあと思っていたのに…。

と、この時の悶々とした気持ちも、あちこちで書いたので省く(笑)


で、次に好きになったのが、現在、暁生のご贔屓ナンバー1の音月桂ちゃん!

初めて桂ちゃんを意識したのがいつだったかは、よく覚えていない。
その時は、とどちゃん命の熱烈ファンだったので(笑)
ただ、なかなか実力のある新人…とは認識していたような気がする。

で、桂ちゃんが私の心にスポッと入って来たのは
雪組の『パッサージュ』というショーの時だった。

そのとき私は、とどちゃんのFCのいわゆる会席で見ていたのだが(笑)
いつも、上手側前方の席が多かった。
その日に限って、下手側の前から3列目くらいで観ていたのだが、
パレードの時だろうか、銀橋で桂ちゃんが私の目の前に立っていた。
「あーー、音月桂ちゃんだ~」とぼんやり見ていたら、彼女がニコッと笑ったのだ。
私に向かって。(いや、ホント!笑)まあ、俗に言う「釣られた」ってヤツでしょうか(笑)

なんか、その笑顔にポーーーッとなってしまった私は、次の観劇日に、
桂ちゃんのFCのスタッフさんの所に行って、入会申し込み用紙をもらってしまった。

でもまあ、その時は、まだまだ「一時の気の迷い」状態だったのだが(笑)
が、その後『凱旋門』博多座公演の千秋楽の翌日、とどちゃんの専科入りが発表になり
愕然としたまま、『愛燃える』の大劇場公演を観た時に、
またまた桂ちゃんが、今度はお芝居の「伍友」という役で、
めっさ泣かせる演技を見せてくれたのだ。

ショーでも、色々な場面で活躍し、とどちゃんのトップ引退に泣きながらも、
桂ちゃんのキュートな笑顔で、心が癒されていたことも事実だった。

そして、いよいよとどちゃんが専科に組替えになると、
何となく、憑き物が落ちたように(失礼)「雪組トップ轟悠」というブランドへの
執着(?)のようなものが消えていった。

そして、自分の中でどんどん大きくなる桂ちゃんへの思い。
でも、不器用な私には「一番」は、両立できない。

私は、考えた末に、自分の気持ちに素直になり、
とどちゃんのFCを辞めて、桂ちゃんのFCに入会した。

とどちゃんのFCを辞めたことにより、私はある種の解放感を得た。
言い方は悪いかもしれないが、やはりFC生活にどっぷり漬かっていると
サイトを運営するにも、発言その他にFCへの遠慮が出てしまい、思ったことが書けないのだ。

そういう意味では、今は晴れ晴れ~である(笑)

桂ちゃんのFCには、楽しみながら参加している。
ガードも、下級生なので入りが早く、ほとんどできないし、
お茶会もなかなか行けないけれど、
FC生活での美味しい部分も面倒な部分も(苦笑)、とどちゃんで味わい尽くした?ので、
今は、のんびりと桂ちゃんファンを満喫している。

桂ちゃんは、舞台は線が太くて男前だが(暁生的視点・笑)、
素顔は、本当に可愛くてキュートな女の子なので、親しみが持てるとともに
いつまでも応援していけるような不思議な安心感のある生徒さんだ。

とどちゃんは、ファンになったとほぼ同時にトップになったので、
いつ退団発表があるかとドキドキものだったし、
「今、観なければ」という切羽詰った気持ちがあったが、
桂ちゃんは、新人公演も観られたし、そういう意味ではいい時期にファンになったと思う。

まだまだ先が長いので、いまからあまりヒートアップせずに、
いつの日か大きな羽根を背負う日を夢みて、ゆっくり応援していきたいと思うし、
もし退団しても、ずっとずっと応援していけるスターさんだと思う。

というわけで、長々と書いてしまったが、私のナンバー1の条件。

1.別のスターとは両立できない。その人だけ。
2.FCに入って、しかもガードができる。(※)
3.そのスターを観るために大劇場まで行ける。
4.退団しても、ずっと「応援」できる。

こんな感じだろうか?

※追記
 ちょっと書き方が悪くてすみません。
 別にFCに入ることが、熱烈ファンの証…というわけではありませんので、ご容赦くださいね~。
 ただ単に、私は一番好きなスターさんしかFCには入れない…という意味です。


ナンバー2以降は、長くなったので、『その2』へ続く…。

2005/06/13 (MON)

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