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「レ・ミゼラブル」 2003シーズン

「レ・ミゼ」千秋楽からもう2週間も経っているのに、まだ「レミゼ」モードを引き摺っている私。
何しろ前回の公演から3年ぶりで、すごく楽しみにしていたというのもあるし、
今回は勢いにまかせて7回も観てしまったというのもあるかもしれない。
(いつもはせいぜい2~3回)

舞台に限らず、映画や小説でもそうだが、
若い頃と年を経てからではなぜか印象が違うものだ。
「レミゼ」もしかりで、昔観た時ももちろん感動したのだが、
色々な経験を経て、人生にそろそろ疲れてきた年代に差し掛かかり、
何故だろう、本当に涙が止まらないほど感動するようになってしまった。

「闇からあなたを主は救い賜う」そんな司祭の言葉にバルジャンと共に涙し、
生まれ変わろうと誓う姿に深い共感を覚えるのだ。

「1000万人の心の糧」「このミュージカルはあなたの人生を変える」
こんなちょっと陳腐なコピーが、宣伝文句として使われているが、
このコピーもまんざら嘘でもないよ…と思えるほど、本当に心を打つミュージカルだと思う。

ミゼラブル…貧しく哀れな人々。
その貧しさとは、もちろん経済的なものだけはでなく、
精神的な貧しさや、失意・悲しみ・苦悩のようなものも含まれている。

バルジャンやファンテーヌを追い詰めるジャベールもある意味
ミゼラブルな人々の一人である。
もちろんテナルディエ夫妻もしかり、学生たちしかりである。

その人々の必死の生き様や死に様、最後に示される希望と救い、
それがこのミュージカルの芯と言えるかもしれない。

生きることの罪深さを知り、神に恥じない生き方をしたいと、
厳しい道を自ら選ぶバルジャン。
腐敗を拒み情け容赦なく、義務感の強いジャベール。
二人とも神に自分を捧げながらも、全く違う道を歩む…という部分、
特にバルジャンの無償の愛や生き様に打たれたジャベールが、
自らの生き方に疑問を投げかけ、自殺する場面は胸が詰まる。

ラストシーン、神の許しを請いながらバルジャンが召される場面。
「誰かを愛することは神様のお側にいることだ」
ファンテーヌ・エポニーヌと共にバルジャンが歌い、
白い光の中、静かに神に召されていく場面は深い感動を呼び起こす。

そして、背景の中から静かに現れる人々の歌声、
有名な「The People's Song」に、熱く静かな感動が客席を包んでいく。

世に苦しみの炎消えないが
どんな闇夜も やがて朝が…

彼ら主の国で自由に生きる
鋤や鍬を取り剣を捨てる
鎖は切れて皆救われる

きっと私は、このラストの感動を求めて、何度も通ってしまうのかもしれない。
もちろん、どの場面もそれぞれ素晴らしく、私など涙が溢れてしかたがないのだが、
すべての場面があのラストがあって初めて、より一層深い意味を持つのだと感じる。

自分を見失って失意の底にいるとき、悲しみに沈んでいるとき、
このミュージカルは私に力を与えてくれる。

来年は、博多座公演と「レ・ミゼラブル コンサート」だけだが
このミュージカルの素晴らしさを一人でも多くの人に知って頂きたいと
「レミゼ」ファンの一人として切に思わずにはいられない。

2003/10/10 (FRI)

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