映画版『レ・ミゼラブル』
- CATEGORYミュージカル・歌舞伎など
- PUBLISHED ON2013/ 02/ 08/ 23:51
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東京に行ったときに、母と観る予定でしたが、
大風邪により断念。
今朝、ミュージカル好きの元同僚から誘われて、
急ですが、観てきました。
このミュージカルにおいては毎度のことですが、
涙腺決壊で目がしょぼしょぼです。
ああ、映画になると、こういう風になるんだなーと。
歌い方が舞台とは違っていて、朗々と歌い上げる場面はなく
言葉を紡ぐように歌う感じ。
ライブ録音だから、余計そうなったのでしょうね。
良かったところは、映画ならではのダイナミックな画像かな。
バルジャンが労役に就いている最初の場面や、
仮釈放されて、荒れた山道や雪道を延々と歩く場面。
舞台では表現しにくい、自然の厳しさや冬の寒さ
人々のすさんだ表情など、観ていて辛くなるほど。
バルジャンが生まれ変わることを決意する場面で、
破いた仮釈放許可証の破片が空に昇っていく様子も、
象徴的でとてもよかったです。
ジャベールがパリの街を見下ろす時、
高い建物の縁ギリギリを歩くところなどは
まるで、彼の生き様を表しているようでした。
ファンテーヌが堕ちていくところも、
アン・ハサウェイの鬼気迫る演技が凄かった。
「夢破れて」を歌う場面、
舞台では、工場を首になった直後だったのが
映画版では、娼婦に身をやつしてからなので、
余計に悲しかったです。
どの場面もリアルで、
辛い場面はとことん辛いので、観ている方も体力がいりますね。
舞台版にはない細かい部分も、描かれていました。
ツーロンの場面で、
ジャベールに指示されて国旗を運ぶバルジャンを描くことで
バルジャンが怪力の持ち主であることが、はじめにわかります。
また、ファンテーヌが工場でもめ事を起こした時、
たまたまジャベールが挨拶に来ていたため
バルジャンがそれに気を取られて、
ファンテーヌの言い分を聞いてあげられなかったとか。
やっぱり舞台がいいなと思ったのは、
「ワン・ディ・モア」の重唱。
ああいう歌は、やはり舞台の方が迫力がありますねー。
アンジョルラスの死も、舞台の方がぐっときます。
私は、岡幸二郎さんの、あの姿がもう目に焼き付いていて(汗)。
「カフェ・ソング」は、
死んだ仲間たちが影のように現れて去っていく
舞台版の演出がやっぱりよかったな。
バルジャンの死から、ラストの「ピープルズ・ソング」も
つながりがちょっと唐突な感じ?
舞台の方が、歌声が自然に湧き出てくる感じで好きです。
とは言いながら、ラスト近くはほぼ泣きっぱなし。
私は、バルジャンが自分の罪をマリウスに告白する場面が
すごい泣きツボなんです。
「ジャン・バルジャンという男が…」
という歌い出しのところですね。
「フー・アム・アイ」が好きなのかも。
「誰かを愛することは神様のおそばにいることだ」
もうこのあたりにくると、ダーダー泣いてます(笑)。
そういえば、エポニーヌの場面が少なかったですね。
どうしてなのかなー。ちょっと残念。
テナルディエ夫妻もすごかった(笑)。
奥さん役のヘレナ・ボナム=カーターを観て
「あ、ベラトリックス・レストレンジだ!」と思ってしまった
ハリー・ポッター・ファンの私(笑)。
テナルディエの妻の役は、森公美子さんが有名ですが
タカラジェンヌOGさんも多くキャスティングされてますよね。
鳳蘭さんから始まって、私は峰さを理さんや瀬戸内美八さん
大浦みずきさんを観ました。
ファンテーヌも、安奈淳さんや渚あきさんがされましたっけ。
あ、コゼットの純名里沙さんもいましたね。
話が逸れてしまいましたが、
今回の映画版のキャストで一番印象に残っているのは、
やっぱりファンテーヌのアン・ハサウェイかな。
バルジャンのヒュー・ジャックマンも良かったけれど
コゼットが成長してからは、
もう少し老けてもいいように思います。
ジャベールはねー、
ラッセル・クロウだとやや物足りないかも(汗)。
でも、死んでしまったガブローシュをじっと見つめ、
自分の勲章を付けてやるところは、うっと来ました。
色々書いてしまいましたが、やっぱりよかったです。
人間は誤ちを犯すけれども、やり直すことができる…と
最後の最後で思えるところに、救いがあるので。
ジャン・バルジャンという一人の人間の人生と共に
名もなき大勢の人々が懸命に生きる様に
心を動かされるのかもしれませんね。
神に召される時の、バルジャンの
ほっとしたような安堵の表情が、何とも言えなかったです。
↓久しぶりに、映画のパンフを買いました。

↓裏表紙はこんな感じ。

むしろ、こちらの方が好きかも。
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